そいつは突然やってきた

朝6時30分、普段10時ごろに起きる自分にとってはかなり珍しい早起きだ。
へー珍しいこともあるなと眠たい目をこすりながらPCをつけなんとなくTwitterをみる

すると画面いっぱいにでるTLの中で俺は無性な寂しさを感じた、自分は世界から切り離されて
一人なんだ、誰も俺のことなんて気にもとめないし、どうでもいいと思ってる。
突然そう思えてきた、そして寂しくなった。

なぜ寂しいんだろう、きっと本当はずっと寂しいんだよね
でも、人と話すことや一緒にいる時間が孤独だってことを忘れさせている、気づかないように孤独を覆っている。

それは麻薬と何も変わらない、人と話さなくなったりリプ貰えなかったらまた寂しいって、孤独感にさいなまれる。
だから、いつもSkypeを繋げておきたいし常にどこかで発信しておきたい、自分はここにいるよ!!ほらほらみてよって。

これはコミュニケーションを消費してるだけにしか過ぎないよね。

ここで昔のことを取り上げて典型的なパラダイムシフトの話にして終わらせようかとも思ったけど、実際関係ないことだと思う。

大家族から核家族。
地域コミュニティからネットコミュニティ。

昔は周りに人がいてほったらかしにしてくれなかったから、でも今は違う、核家族でほったらかしになる、自分で発信するしか無い。
だから、今は孤独で昔は孤独がなかった、本当かな?

違うと思う、確かに昔は孤独と感じることは少なかったかもしれないしかしそれは、単に寂しさを紛らわす人間関係モデルが違うだけだ。
村社会という長期間かつ束縛的なコミュニティによる長期的なコミュニケーションの消費

現代
核家族、ネット社会による、単発的で一時的なコミュニケーションの消費

だから根本的に人は孤独を忘れさせるためのコミュニケーションを求めてるんだろうなってお話

まぁ寂しくなったら、素直に友達に電話すればいいやw